砂糖と権力の女王――エリザベス1世の食卓から見る黄金時代【第4章】

歴史上の偉人たちのグルメと人生

肉とビールの女王――チューダー朝の食文化

肉食文化のど真ん中

エリザベス1世の食卓を語る上で、肉料理の存在は欠かせない。母アン・ブーリンがフランス宮廷の洗練された軽い料理を好んだのに対し、エリザベスはチューダー朝の肉食文化のど真ん中にいた。

チューダー朝の宴会では、肉料理が中心であった。特に、鹿肉は王権の象徴とされ、狩猟権は王の特権であった。エリザベスは、鹿狩りを愛し、自ら狩猟に参加することもあった。鹿肉は、宴会の中心的な料理として提供され、女王の権力を象徴するものであった。

豪華な肉料理のラインナップ

エリザベスの宴会では、以下のような豪華な肉料理が提供された。

鹿肉(Venison)
王権の象徴。狩猟権は王の特権。
ローストまたはパイ。宴会の中心的な料理。

白鳥のロースト(Roast Swan)
王家の儀式料理。一般の貴族は食べられない。
羽を戻して提供される豪華な演出。

孔雀のロースト(Roast Peacock)
高貴な身分の者にのみ許される料理。
羽を戻して提供。宴会のハイライト。

ガチョウ(Goose)
クリスマスの伝統的な料理。
ローストまたはパイ。

キジ(Pheasant)
狩猟の成果を示す料理。
ローストまたはシチュー。

イノシシ(Wild Boar)
クリスマスの宴会の中心。
頭部を丸ごとローストして提供。

これらの肉料理は、単なる食事ではなく、権力と身分の象徴であった。特に、白鳥と孔雀は、王家と高貴な貴族にのみ許される料理であり、宴会での提供は社会的ヒエラルキーを視覚化する手段であった。

断食日の魚料理

チューダー朝では、カトリックの伝統に従い、断食日(Fast Days)には肉を食べることが禁じられていた。この日には、魚料理が中心となった。エリザベスは、宗教改革後もこの伝統を維持し、断食日には魚料理を提供した。

主な魚料理は以下の通りである。

タラ(Cod):塩漬けまたは干物。保存食として重要。

ニシン(Herring):塩漬けまたは燻製。庶民から王族まで広く食べられた。

サーモン(Salmon):高級魚。宴会で提供される。

ウナギ(Eel):パイやシチューに。

カレイ(Plaice):ローストまたはフライ。

川魚のパイ(Freshwater Fish Pie):様々な川魚を使ったパイ。

母アン・ブーリンは「魚料理の改革者」として、宮廷の魚料理の質を向上させたが、エリザベスもこの伝統を継承し、断食日の魚料理を重視した。

ビールを愛した女王

エリザベス1世は、実はビール(エール)を愛した女王であった。これは、母アン・ブーリンの「ワイン文化」との対比において非常に興味深い。

当時のイングランドでは、水は不衛生で、飲料水として適さなかった。そのため、ビールは安全な飲料として広く飲まれていた。エリザベスは、朝食にビールを飲む習慣があったとされる。これは、当時のイングランドでは一般的な習慣であり、女王も例外ではなかった。

エリザベスが好んだビールは、スモール・ビール(Small Beer)と呼ばれる、アルコール度数の低いビールであった。これは、朝食や日常的な飲料として適しており、宮廷でも広く飲まれていた。

ワインは外交の道具

一方、エリザベスはワインも飲んだが、ワインは外交・贈答品としての意味が強かった。フランスやスペインからのワインは、ステータスシンボルであり、宴会で提供されることで、イングランドの国際的な地位を示すものであった。

エリザベスが好んだワインの一つに、シラバブ(Syllabub)がある。これは、甘いワインまたはサイダーにミルクと砂糖を混ぜて泡立てたもので、デザートとして提供された。シラバブは、エリザベスの「甘味中毒」を象徴する飲み物でもあった。

母アン・ブーリンは、ガスコーニュ地方の「クラーレ(薄赤色のワイン)」よりも、芳醇なブルゴーニュワインを好んだとされるが、エリザベスはワインよりもビールを日常的に飲んだという点で、母とは異なる食文化を持っていた。

小食と甘味中毒のギャップ

興味深いことに、エリザベスは実は小食であったという記録が多い。彼女は、食事よりも政治と儀式を優先し、長時間の会議や外交交渉の間、ほとんど食事を取らないこともあった。

小食は、「自制心」「清廉さ」の象徴として利用された。エリザベスは、自身を「ヴァージン・クイーン」として演出する中で、食欲を抑えることも権力の一部として見せた。彼女は、「私は肉体的な欲望に支配されない」というメッセージを発信し続けたのである。

しかし、甘いものだけは別腹であった。エリザベスは、砂糖菓子やマジパン、シラバブなどの甘い食べ物や飲み物を愛し、これらは彼女の「小食」の例外であった。この「小食×甘味中毒」のギャップが、エリザベスのキャラクターとして非常に強い印象を与える。

疫病と移動する食卓

エリザベスの時代は、ペスト(黒死病)が頻発した時代でもあった。ロンドンでペストが発生すると、宮廷は即座に移動し、安全な場所に避難した。この移動は、食文化にも大きな影響を与えた。

宮廷が移動する際には、食材の供給も移動に合わせて変化した。新鮮な食材が手に入らない場合、保存食が重要となった。主な保存食は以下の通りである。

塩漬け肉(Salted Meat):長期保存が可能。移動中の主要なタンパク源。

干し魚(Dried Fish):タラやニシンの干物。断食日にも使える。

乾燥果物(Dried Fruits):デーツ、レーズン、プルーンなど。

ハードチーズ(Hard Cheese):長期保存が可能なチーズ。

宮廷料理人は、「移動式レストラン」のような存在であり、どこに移動しても女王に豪華な食事を提供する責任があった。彼らは、限られた食材と設備の中で、創意工夫を凝らして料理を作り続けた。

肉とビールの文化的意味

エリザベスの「肉とビール」の食文化は、彼女がイングランドの伝統に根ざした女王であったことを示している。母アン・ブーリンがフランス文化を持ち込んだのに対し、エリザベスはイングランドの食文化を誇りとした。

肉料理は、イングランドの富と権力を象徴し、ビールは庶民から王族まで共有する「イングランドの飲み物」であった。エリザベスは、この食文化を通じて、「私はイングランドの女王である」というアイデンティティを強化したのである。

<五章に続く>

参考文献・参考サイト

エリザベス1世 青木道彦 講談社

History Hit: “What Did the Tudors Eat and Drink? Food From the Renaissance Era” – https://www.historyhit.com/what-did-the-tudors-eat-and-drink-food-from-the-renaissance-era/

2.History Extra: “Tudor dining: a guide to food and status in the 16th century” – https://www.historyextra.com/period/tudor/tudor-dining-a-guide-to-food-and-status-in-the-16th-century/

3.SCMP: “Weird foods and eating habits of British kings and queens” – https://www.scmp.com/magazines/style/news-trends/article/3078818/weird-foods-and-eating-habits-british-kings-and-queens

4.Facebook: “Did you know that Tudor Christmas feasts included dishes” – https://www.facebook.com/groups/825030480906864/posts/8886435544766277/

5.Sandra Byrd: “Queen Elizabeth I at Table” – https://www.sandrabyrd.com/blog/queen-elizabeth-i-at-table

#エリザベス1世

#チューダー朝

#イギリス史

#黄金時代

#宮廷文化

#砂糖

#ヴァージンクイーン

#中世ヨーロッパ

#中世ヨーロッパのお菓子

#歴史グルメ

コメント

タイトルとURLをコピーしました